世の中の「空気の基準」ってなに?― 厚生労働省の指針と建築基準法をやさしく整理 ―
世の中の「空気の基準」ってなに?

― 厚生労働省の指針と建築基準法をやさしく整理 ―
PM2.5、CO₂、シックハウス…。
ニュースやネットで「空気の基準」という言葉をよく見かけるようになりました。
でも、いざ家づくりになると、
-
「環境基準」とか
-
「厚労省の指針」とか
-
「建築基準法のシックハウス対策」とか…
似たようなカタカナや数字がたくさん出てきて、
正直なところ「何がどう違うの?」と混乱しやすいところです。
今日は、まず**“世の中の空気の基準”の全体像**を、
できるだけやさしく整理してみます。
1.「空気の基準」は3つのレイヤーで考える
ざっくり言うと、空気の基準にはこんな3つのレイヤーがあります。
-
屋外の空気の基準
…環境省が定める「環境基準」(大気汚染・PM2.5など) -
屋内の空気の基準(健康目線)
…厚生労働省の-
「室内空気中化学物質の室内濃度指針値」
-
「建築物環境衛生管理基準(ビル管理法)」
-
-
家の“建て方”に関するルール
…国土交通省(建築基準法)の-
シックハウス対策(建材の制限・換気回数0.5回/h など)
-
この記事では、この3つを順番に見ていきます。
2.まずは「世の中の空気」=屋外の環境基準
2-1.環境基準ってなに?
環境省は、環境基本法にもとづいて
「人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」
として、大気汚染に関する環境基準を決めています。
これは
「日本の外気が、どのくらいきれいなら“望ましい”といえるか」
という目安で、行政が大気汚染対策を進めるときの目標値です。
2-2.代表的なもの
代表的な物質と基準のイメージだけ挙げておきます。
-
二酸化窒素(NO₂)
→ 1時間値の1日平均値が 0.04〜0.06 ppm ゾーン内またはそれ以下 -
浮遊粒子状物質(SPM:粒径10μm以下)
→ 1時間値の1日平均が 0.10 mg/m³ 以下、かつ1時間値が 0.20 mg/m³ 以下 -
微小粒子状物質(PM2.5)
→ 年平均値 15 μg/m³ 以下、かつ1日平均値 35 μg/m³ 以下 -
一酸化炭素(CO)・二酸化硫黄(SO₂)・光化学オキシダント(Ox) なども環境基準あり
世界的には、WHO(世界保健機関)も
二酸化窒素、PM2.5などについて健康影響の観点からガイドラインを出しており、
日本の基準も、こうした国際的な知見を踏まえて見直されてきました。
ここまでが、「家の外」の空気の話。
次は、いよいよ「家の中」の空気の基準です。
3.厚生労働省が見ている「家の中の空気」
厚労省が関わっている室内の空気には、大きく2つの見方があります。
-
室内空気中化学物質の「室内濃度指針値」
…シックハウス対策としての“健康目安” -
建築物環境衛生管理基準(ビル管理法)
…オフィスや商業施設の「維持管理の義務基準」
3-1.室内濃度指針値:13物質+TVOC
シックハウス問題が社会問題になったことを受け、厚労省は
「この濃度以下なら、一生涯吸い続けても健康影響はほとんどないだろう」
と考えられるレベルを
**「室内濃度指針値」**として示しました。
対象になっているのは、代表的なところで…
-
ホルムアルデヒド
-
アセトアルデヒド
-
トルエン
-
キシレン
-
エチルベンゼン
-
スチレン
-
パラジクロロベンゼン(防虫剤など)
-
テトラデカン(溶剤など)
-
フタル酸エステル類(可塑剤) …など
**合計13物質+TVOC(総揮発性有機化合物)**です。
代表的な物質の「数字」を少しだけ挙げると:
| 物質名 | 室内濃度指針値(目安) | 主な発生源の例 |
|---|---|---|
| ホルムアルデヒド | 100 μg/m³(0.08 ppm)以下 | 合板の接着剤、防腐剤、たばこの煙など |
| トルエン | 260 μg/m³(0.07 ppm)以下 | 接着剤、塗料などの溶剤 |
| キシレン | 200 μg/m³(0.05 ppm)以下 | 接着剤、塗料、インキなど |
| エチルベンゼン | 370 μg/m³(0.085 ppm)以下 | 断熱材、塗料、接着剤など |
| スチレン | 220 μg/m³(0.05 ppm)以下 | 発泡断熱材、樹脂建材、畳心材など |
さらに、TVOC(総揮発性有機化合物)の暫定目標値は 400 μg/m³ 以下とされています。
ここが重要な点です。
-
これは**“守らないと罰せられる法律”ではない**
-
住宅・学校・オフィスなど、
人が長くいるあらゆる建物での「健康目安」 -
シックハウスが疑われるとき、空気を測って
「この指針値と比べてどうか?」を見る“ものさし”
という位置づけです。
3-2.建築物環境衛生管理基準(ビル管理法)
もうひとつ、厚労省が所管している法律に
「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」(ビル管理法)があります。
これは、
-
延べ床面積 3,000㎡以上のオフィスビルや商業施設
-
8,000㎡以上の学校
などを対象にして、
「建てたあと、空気や水、清掃をどう管理するか」
を決めている法律です。
空気環境に関しては、例えばこんな基準があります:
-
CO₂(二酸化炭素):1000 ppm 以下
-
浮遊粉じん:0.15 mg/m³ 以下
-
CO(一酸化炭素):10 ppm 以下
-
温度:17〜28℃
-
相対湿度:40〜70% など
ポイントは、
-
対象は主に大規模な建物(特定建築物)
-
内容は**「維持管理の義務」**(2ヶ月に1回など、定期測定が必要)
-
住宅は直接の対象ではないが、
健康的な空気の“ひとつの目安”として参考になる
というところです。
4.建築基準法が決めているのは「建て方のルール」
ここまでが“空気そのもの”を見ている基準でした。
次は、「家を建てるときのルール」としての建築基準法です。
4-1.2003年の「シックハウス対策」改正
建築基準法は2003年(平成15年)の改正で、
シックハウス対策の条文が新しく入りました。
内容は、大きく2本柱です。
-
ホルムアルデヒドを発散する建材の使用制限
-
フローリング、合板、建具、下地材などを
発散量に応じて F☆☆☆☆〜F☆ にランク分け -
ランクごとに、「室内にどれだけ使えるか」を制限
-
-
24時間換気設備の設置義務
-
住宅等の居室:0.5回/h 以上(2時間で家中の空気が一巡するイメージ)
-
それ以外の居室:0.3回/h 以上
-
ここで見ているのは、
-
どんな建材をどのくらい使うか(=化学物質の「出どころ」)
-
どのくらいの換気量を確保するか(=空気を入れ替える仕組み)
といった、**“原因側のコントロール”**です。
4-2.建築基準法は「スタートライン」
整理すると…
-
厚労省の室内濃度指針値
→ 「空気そのものの状態」を表すゴールライン(結果) -
建築基準法のシックハウス対策
→ そのゴールに近づくための建て方のスタートライン(手段)
たとえるなら、
-
建築基準法:交通ルール(信号・制限速度)
-
厚労省の基準:安全運転の目安(このくらいなら安心という速度・車間距離)
のような関係です。
建築基準法どおりに建てれば、
「ひどい空気環境」にはなりにくい。
でも、それだけで「健康的な空気」が保証されるわけではない。
ここを理解しておくと、
「法律クリア=ゴール」ではないことが、見えやすくなってきます。
5.この先の話:家づくりでは、どこまで空気にこだわるか
今回の記事では、
-
屋外の環境基準(環境省)
-
室内の健康目安(厚労省)
-
家の建て方のスタートライン(建築基準法)
という、“世の中の空気の基準”の全体図をまず整理しました。
ここまでは、どちらかというと
「国が決めている基準を、正しく理解する」
という話です。
次のステップとして、家づくりでは
-
どこまでを「最低限」と見るのか
-
どこから先を「自分たちのこだわり」として上乗せするのか
を、施主さんと一緒に決めていくことになります。
ビオハウジングでは、最終的には
「化学物質を減らす」だけでは、どうしても満足できない
→ 「深い呼吸ができる空気」「微生物とも共存できる空気」
というところまで踏み込んで、
「発酵する家」という自分たちなりの基準を持つようになりました。
その話は、次回以降
「厚労省・建築基準法の“その先”としての空気設計」
というテーマで、ゆっくり書いていきたいと思います。 後編①https://biohousing.jp/spec_blog/air-standard02-not-enough-chemical/
FAQ
Q1.環境省の「環境基準」と、厚生労働省の「室内濃度指針値」は何が違いますか?
A.環境省の環境基準は、PM2.5や二酸化窒素などについて「屋外の空気がこのレベルなら望ましい」という目標値です。厚労省の室内濃度指針値は、ホルムアルデヒドなど13物質について「室内空気中の濃度がこの値以下なら、一生涯吸っても健康影響はほとんどないと考えられる」という健康目安です。
Q2.厚労省の室内濃度指針値は、法律で守らなければいけない数値ですか?
A.いいえ、罰則を伴う法的義務ではなく、健康を守るための「目安」です。シックハウスが疑われる建物で空気を測定したときに、この指針値と比較して「問題がありそうかどうか」を判断するための“ものさし”として使われます。
Q3.建築基準法のシックハウス対策は、どこまでを決めているのですか?
A.主に(1)ホルムアルデヒドを発散する建材の使用制限と、(2)24時間換気設備の設置義務(住宅の居室で0.5回/h以上)を定めています。つまり、空気の「濃度」そのものではなく、建材の選び方と換気量という「原因側のルール」を決めているイメージです。
Q4.CO₂の1000ppmという数字は、どこから出てきた基準ですか?
A.CO₂ 1000ppm は、厚労省が大規模建物に対して定めている「建築物環境衛生管理基準」による室内空気環境の基準値です。オフィスなどで換気が不十分になると CO₂ が高くなり、眠気や集中力低下などにつながるため、この値を下回るように空調・換気を管理することが求められています。