「脳に振り回される自分」と「意識が上にいる自分」──武井壮さん×高橋尚子さんの対談を見て考えたこと
こんにちは。
福岡のビオハウジング、健康オタクの住宅設計士・竹森哲也です。
先日、YouTubeで 武井壮 さんと 高橋尚子 さんが対談している動画を見ました。
「トップアスリートの練習法の話かな?」くらいの気持ちで見始めたのですが、途中から内容がぐっと深くなり、気づけばメモを取りながら見入っていました。
動画を見ていて、私の中で一番大きかった気づきは、
「自分の意識」と「脳」は、まったく同じものではなくて、
別のレイヤー(層)で働いているのかもしれない
という感覚が、よりハッキリしたことです。
1. 「脳が一番上」だと思って生きてきた
多くの人は、こんな順番で生きているのではないでしょうか。
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脳(思考・判断)が一番上にいて
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「失敗したらどうしよう」
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「もっと頑張らなきゃ」
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「みんながこう言っているから、そうしておこう」
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その下で身体が動く(または動けなくなる)
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その間に挟まれて、本当の自分の意識が疲れてしまう
私もこれまで、どちらかというと
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「こうすべき」「こうあるべき」という“脳の声”
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「でも本当はこうしたい」という“静かな声”
の板挟みになって、
頭の中だけがフル回転しているような時期が何度もありました。
仕事の締め切り、売上のプレッシャー、子どものこと、将来の不安。
そういうものが重なってくると、
「脳の判断=自分のすべて」
のように感じてしまって、身体の感覚や、本当はどう生きたいかという“奥の方の声”が、どんどん聞こえづらくなっていくんですよね。
2. 高橋尚子さんに見えた「レイヤー構造」
そんな中で、対談の中の高橋尚子さんの話を聞いて、ハッとさせられました。
ざっくり言うと、彼女の中ではこんな“レイヤー構造”があるように感じました。
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一番上に「観察している自分(意識)」がいる
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その下に「脳(思考・恐れ・計算)」がいる
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一番下に「身体(心臓・筋肉・呼吸)」がいる
レース中、脳はこう言うはずです。
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「苦しいからペースを落とせ」
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「相手がスパートした、やばい、もっと速く走れ」
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「もう無理、止まりたい」
身体は身体で、心臓がバクバクして、足も悲鳴をあげている。
それでも高橋さんは、そのさらに一段上にいる「観察している自分」として、
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「今、脳が怖がっているだけだな」
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「ここで焦らせたら、バネを無駄に使ってしまう」
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「身体の余力はまだあるから、大丈夫」
と、冷静に脳と身体を見ているように感じました。
そのうえで彼女は、有名な
「脳を騙す」
という表現を使います。
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スタートからしばらくは「友達とお茶を飲んでいる気分」で走る
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苦しくなったら、頭の中で音楽を流し、
「ただリズムに合わせて足を置いていく作業」に切り替える
これは精神論ではなく、
「脳はこういうふうにパニックを起こすから、そこをやさしく騙して落ち着かせる」
という、すごく具体的な“脳の扱い方”に聞こえました。
3. 「脳モード」で生きる人と、「意識モード」で生きる人
この動画を見ながら、ふとこう思いました。
世の中には大きく分けると、
「脳の判断を中心に生きるモード」と
「自分の意識(生き方・美学)を中心に生きるモード」があるな、と。
脳モードで生きるとき
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正解を探さないと不安
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周りの評価や常識が一番大事
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「損か得か」「失敗しないか」で判断しやすい
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とりあえず忙しくしていると安心する
意識モードで生きるとき
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「自分はどう生きたいか」が判断の基準
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多少損でも、納得できる選択をしたくなる
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怖さや不安はあっても、「それでも行きたい」が勝つ
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からだの感覚や違和感を、ちゃんと拾おうとする
もちろん、どちらが良い・悪いという話ではありません。
私自身も、日によって行ったり来たりしていますし、
「全部意識モードで生きなさい」と言われても、それはそれでしんどいと思います。
ただ、
「脳の声」と「もっと深い意識の声」は、そもそも別物かもしれない
という前提を持っているかどうかで、
同じ出来事の受け取り方が少し変わってくる気がしています。
4. コントロールの向きが変わると、生き方の質も変わる
対談を見ていて印象的だったのは、
「脳や身体が“上”にいて、自分が押しつぶされている生き方」と、
「自分の意識が“上”にいて、脳と身体をうまく扱っている生き方」
この二つのコントロールの向きが、まったく逆だということでした。
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不安や心配が出てくること自体は、誰でも同じ
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苦しい、やめたい、と感じるのも、身体としては自然
そのときに、
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脳の声を「絶対」として従うのか
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「あ、今脳が怖がってるな」と一歩引いて見るのか
ここに、大きな分かれ目があるのだと思います。
そしてこれは、
トップアスリートだけに必要な感覚ではなくて、
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仕事の選び方
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子どもへの関わり方
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お金や時間の使い方
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そして、どんな家で暮らすか
といった、日常のいろんな場面にもつながってくるように感じました。
5. 住まいと意識のレイヤー──福岡・北九州の家づくりから見えること
ここから少し、私の本業である家づくりの話とも、重ねてみたいと思います。
福岡・北九州のような気候では、
夏の湿気・冬の底冷え・花粉やPM2.5など、外側の環境ストレスもそれなりにあります。
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音がガチャガチャしている
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においが強い
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空気が重くてベタッとしている
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部屋ごとに温度差が大きい
こういう空間に長くいると、
どうしても「脳モード」が優位になりやすいと感じています。
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なんとなく落ち着かない
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イライラしやすい
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スマホやテレビで頭を埋めて、感覚をまぎらわせたくなる
逆に、
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無垢材(天然木)の床に素足で立ったときの、少しひんやりしていて、でも柔らかい感触
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漆喰や塗り壁の、ツヤを抑えたやさしい光の反射
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しっかり断熱された家の、冬でも「廊下や脱衣室まで同じ温度」の安心感
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エアコンの風が直接当たらない、穏やかな空気の流れ
こういう環境の中では、
脳の緊張がふっと緩んで、身体のセンサーが自然に働きはじめます。
「あ、ここにいると落ち着くな」
「この匂い、なんかホッとする」
「子どもがよく眠るようになった気がする」
そんな感覚が戻ってくるとき、
私たちは少しずつ「意識モード」に戻っていけるのではないかと思っています。
だからこそ、福岡・北九州で自然素材の家や健康住宅にこだわる注文住宅の工務店として、私は
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性能(Ua値・断熱・換気)だけでなく
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室内空気や光、匂い、触感といった「身体のレイヤー」
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そこで暮らす人の、意識のレイヤー(どう生きたいか)
この三つを、セットで考えたいと感じています。
6. おわりに──自分の意識を「一段上」に置いてみる
武井壮さんと高橋尚子さんの対談は、
マラソンの話でありながら、私には「生き方」と「場づくり」の話に聞こえました。
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脳に振り回されて、生き方が決まってしまうのか
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自分の意識を一段上に置いて、脳と身体をやさしくコントロールしていくのか
その違いは、
「天才だから」「根性があるから」だけではなく、
「意識・脳・身体は別のレイヤーで働いている」という前提を持てるかどうか
の影響も大きいのかな、と感じています。
そしてその前提に、
毎日の暮らしの「場」──住まいの空気や温度、素材の力──も、
静かに関わっているのではないかと思います。
もし今、
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なんとなく常に頭の中が忙しい
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休んでいるのに休まった感じがしない
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家にいても、あまりホッとできない
そんな感覚があれば、
「脳モード」と「意識モード」のスイッチの位置を、
一緒に見直してみませんか。
福岡・北九州での家づくりを通して、
“脳”より少し上にいる“自分の意識”が、やわらかく戻ってこられる住まいを、
これからも考えていきたいなと思っています。