【もやし屋発見?①】鹿児島・川内菌本舗で出会った「発酵の源」と焼酎麹の物語
鹿児島出張の道ばたで、ふと“ざわついた”感覚
先日、鹿児島に出張で行ったときのことです。
何気なく車を走らせていると、胸のあたりがふっと“ざわっ”とするような、不思議な感覚がありました。
「なんだろう?」と思って横を見ると、目に飛び込んできたのは大きな 「麹」 の文字。

その建物には「○○の館」と書かれていて、
「発酵食品を使った食堂かな?」
くらいの軽い気持ちで、そのまま通り過ぎようとしました。
……が、数十メートル走ったところで、どうしても気になってしまい、思わずUターン。
もう一度、その「麹」の看板の前に戻っていました。
あのときの感覚は、あとから振り返ると、
「ここには、今の自分に必要な“何か”があるよ」
と、身体の奥からそっと教えられたような感じでした。
食堂だと思って入ったら、「種麹屋さん」だった
中に入ってまず思ったのは、
「やっぱり発酵食品を出す食堂かな?」
という、ごく普通の印象でした。
ところが、カウンター越しに店員さんと話を始めてみると、雰囲気が少しずつ変わっていきます。
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「ここって、どういうお店なんですか?」
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「あの、麹を使ったご飯屋さん……なんですか?」
といったやりとりをしているうちに、だんだんと真相が見えてきました。
ここは“麹料理のお店”ではなく、
麹のもとになる“種麹(たねこうじ)”をつくっている会社の直売所だったのです。
その会社の名前が、河内菌本舗。
なんと、100年続く老舗の種麹屋さんだということが分かりました。川内商事+1
「もやし屋」と呼ばれてきた、**日本の発酵文化の“いちばん最初の入り口”**を担ってきた存在。
発酵食堂PUKUPUKUをやってきた私からすると、それはもう、源流に出会ってしまったような感覚でした。
焼酎の裏には、河内菌本舗の“麹”があった
さらに話をうかがっていくと、そこから先はほとんど「焼酎と麹の物語」です。
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鹿児島の本格焼酎には 黒麹 が使われていること
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その黒麹を「焼酎用の麹菌」として育て上げたのが
初代 河内源一郎(かわち げんいちろう) さんであること -
そして、黒麹の中から 白麹 を発見したのも、この河内源一郎さんであること
を教えてもらいました。川内商事+2川内商事+2
もともと日本では、お味噌やお醤油などに使われる 黄麹(きこうじ) が主流でした。
黄麹はデンプンの分解力には優れているけれど、クエン酸をほとんど出さないため、
暑い地域では雑菌が増えやすく、醪(もろみ)が腐りやすいという弱点があります。Shochu Next
そこで源一郎さんは、
「南九州の暑い気候でも安定して使える麹菌はないか」
と考え、気候の似ている沖縄の泡盛に使われていた麹に目をつけます。
泡盛の麹から胞子を取り出し、何度も実験を重ね、
ついに焼酎に適した 泡盛黒麹菌(アスペルギルス・アワモリ・ヴァル・カワチ) を分離培養することに成功しました。川内商事+2川内商事+2
この黒麹によって、暑い時期でも腐りにくく、味わいもぐっと良くなった焼酎が生まれ、
当時「ハイカラ焼酎」と呼ばれて九州中に広がっていったと言います。川内商事
黒麹の中から、白麹が生まれた
源一郎さんの研究はそこで終わりません。
黒麹を培養しているうちに、ある日、色の違う菌 が混じっていることに気づきます。
その突然変異として生まれたのが、
より糖化力に優れ、香りも味わいもまろやかな 白麹(河内白麹菌)。川内商事+2川内商事+2
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黒麹:力強く、どっしりしたコクのある焼酎
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白麹:やわらかく、香り高い焼酎
いま私たちが楽しんでいる焼酎の味わいの幅は、
実はこの「黒麹」と「白麹」という二つの発見に、大きく支えられています。
そして現在、日本で造られている本格焼酎の約8割に、
初代 河内源一郎が発見した 「河内菌」 が使われていると言われています。川内商事+1
店員さんからこうした話を聞きながら、
「ああ、自分は今、“近代焼酎の父”“麹の神様”が生み出した麹の、ふるさとに立っているんだ」
と、じわじわ実感が湧いてきました。
名誉よりも、「つくり手の役に立つ」研究だった
公式サイトを読むと、源一郎さんの生き方が、またすごいのです。
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広島の味噌・醤油屋の長男として生まれ、発酵に魅せられる
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大蔵省に入り、鹿児島・宮崎・沖縄などで味噌・醤油の製造指導にあたる
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現場の困りごとから「腐らない焼酎をつくる麹」を本気で探し始める
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黒麹・白麹の開発、さらにマッコリの基礎となる麹まで広がっていく川内商事+2みんなの発酵BLEND|発酵文化を、伝える、つなぐ+2
それでも本人は生前、一度も大きな褒賞を受けることはなく、
研究の動機は 「酒造りの現場の人が困らないように」 だったと言われています。川内商事+1
名誉のためでも、目立つためでもなく、
現場のつくり手のために、ひたすら麹と向き合い続ける。
その姿勢に、工務店として家づくりに関わる自分は、どこか強い親近感を覚えました。
“発酵食が好きな人間”としての震え
私は、これまで
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発酵食堂PUKUPUKUを営んだり
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味噌や天然酵母パンを仕込んだり
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ぬか床や発酵ドリンクを楽しんだり
と、「発酵食品」そのものにはずっと親しんできました。
けれど、この日鹿児島で出会ったのは、
発酵料理の“手前”にある、さらに深い世界――
「発酵の“タネ”をつくっている人たち」
でした。
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料理人でもなく
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酒蔵でもなく
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そのもっと前段階で、菌の性格を読み、種として安定させる仕事。
河内菌本舗さんの麹蔵に足を踏み入れた瞬間、
私は、家づくりでいうところの「見えない構造」や「空気のベース」に、とてもよく似た世界を感じました。
家づくりと、種麹づくりの“共通点”が見えてきた
道ばたの「麹」の看板から始まった、今回の小さな寄り道。
でも、そこから見えてきたのは、家づくりと種麹づくりの共通点でした。
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どちらも「主役」は、人や食べ物や暮らし
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つくり手ができるのは、いのちがいちばん力を発揮できる“環境”を整えること
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過干渉せず、しかし放っておきもしない、微妙な“さじ加減”の世界
発酵する家のコンセプトを考えてきた私にとって、
河内菌本舗さんとの出会いは、
「発酵と家づくりは、やっぱり同じ川の流れにある」
という確信を、静かに裏打ちしてくれる出来事でした。
つづきます ― 発芽と発酵、そして“家の空気”へ
FAQ
Q1. 川内菌本舗とはどんな会社ですか?
鹿児島県にある、創業100年を超える老舗の種麹屋さんです。
本格焼酎に使われる黒麹や白麹など、「発酵のタネ」となる麹菌をつくり続けてきました。
初代・河内源一郎は「麹の神様」とも呼ばれ、現在も多くの焼酎蔵が川内菌本舗の麹を使っています。
Q2. 黒麹と白麹の違いは何ですか?
どちらも焼酎づくりに使われる麹菌ですが、性質と味わいが少し異なります。
黒麹はクエン酸を多く出し、力強くどっしりしたコクのある焼酎になりやすい麹です。
一方、黒麹の突然変異から生まれた白麹は、糖化力が高く香りや味わいもやわらかく、飲みやすい焼酎に仕上がりやすいと言われています。
Q3. 発酵と家づくりにはどんな共通点があるのですか?
どちらも「いのちがいちばん力を発揮できる環境を整える」という点でよく似ています。
発酵では、温度・湿度・酸素・時間などのバランスを整えることで、微生物や酵素がいきいきと働きます。
家づくりでも、空気・湿度・温度・素材のバランスを整えることで、人と微生物の両方にとって心地よい“発酵する家”が育っていきます。
